日記・コラム・つぶやき

〝野良猫〟のような生き方

一日中、工房で作業していると夕方決まった時間になると黒い野良猫が工房の横を歩いていきます。

それを見ると、人間社会と野良猫を対比させいつも思うことがあります。

これからの時代は「野良猫のような人生」が主流になるかもと。

今までの右肩上がりの経済成長の時代には多くの日本人は、飼い猫のように企業などの組織にどっぷりつかり給料という〝餌〟をもらって生きていた。

昨年は、シャープ、ソニー、パナソニックなどそうそうたる企業が大規模な人員削減をしたり、今年に入ってからは〝追い出し部屋(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130108-00000027-asahi-ind)〟が問題になり、〝飼い猫のような人生〟にほころびが見え始めている。

野良猫は、餌をもらえる場所をたくみに移動して生き延びている。ある場所では餌をもらえる人間に媚び、もらえないとわかれば未練もなくすぐ次の場所へ移動していく。

幼い頃から飼い猫になった猫は、野良猫のような野生の本能が身についていないので、いざ飼い主から捨てられれば生きていけない。

人間でも自分というものを消し組織の人間としてどっぷり浸かり、疑いもなくその組織だけしか通用しないスキルを磨き、意図しない仕事をさせられても組織に媚びていたのでは、いざ組織が無くなったり、捨てられたときには生きていけない。

しかし、野良猫のような生き方であれば組織には属したときは媚びるものの、次のステップに向け自分のスキルやキャリアを磨き、その組織が無くなったり、捨てられたとしてもその組織に何の未練もなく、自分を必要とする次の組織を渡り歩きして生きていける。

あるテレビ番組で日本マクドナルドの原田泳幸社長が日本アップルコンピュータ社長から日本マクドナルド社長にヘッドハンティングされたことに関する質問に対して「私は組織のトップではありますが、尊敬されたり社員から媚びられる対象ではありません。その組織の中の一つ仕事である社長業をしているだけです。私を必要とするところがあればどんな業種でも行きますよ。」

組織にどっぷり浸かり、意図しない仕事でも自分を殺し前向きさを装い、取り繕ったような実績だけを強調し媚びることによって成り上がった組織のトップは、それによって得た利権だけは主張するが、責任やリスクを全く取らない。

反面、原田社長は自分のスキル、キャリアに対する絶対の自信と、うまくいかなかったときの責任とリスクを取る覚悟があり、すごく格好良かったです。

こんな野良猫になれるのは一部の人だけだと思いますが、時代の先端を読むことのできる原田社長がこれからの組織との付き合い方、仕事の仕方の見本を示しているのではと思いました。

獣医学の臨床の世界では、犬猫の精神病が問題になっているそうです。

本来、野生の本能を持った動物が人間に媚びる代償として餌と居場所が与えられ、人間から見れば一見幸せそうに思えますが、それは人間の勝手な思い込みのようです。

飼い猫のような生き方が主流の人間社会でも同じようなことで、心を病んでいる人がたくさんいます。

野良猫のような生き方が主流になれば、日々緊張感を持って生きていくことになり大変そうですが、職業の流動化が進み、自分の本当の特技、特性を活かした働き方ができる人が多くなり、もっと活気のある楽しい世の中になるように思います。

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最近思うこと。

今年の11月でカフェと工房のセルフビルドをはじめて2年になります。

はじめはローコストが目的でしたが、はじめてみるとローコストというメリットは当然ですがそれ以上に多くのものを得ました。

一番の財産となったのは、いろいろな人との出会いです。いろいろな職人さん、何気なく訪れてくる人、またその人たちの知り合いと、これまでの自分が生きてきた世界では出会うことができなかった多くの人との繋がりができました。

その中でいろいろなものの考え方、価値観を教えてもらいました。

これは、これからの人生でお金以上のとても大切な財産になりそうです。

大工仕事は一様屋根の下で作業できますが、真夏そして真冬は大変です。

多くの人ができるだけ環境のいい場所での仕事をしたがる気持ちもわかります。

欧米のキリスト教文化圏では大工仕事のような外での肉体労働は神が人間に科した苦役という考えがあり、体を使った労働は上等なものではなく、むしろ金融や情報などの頭脳労働で賢く仕事をするほうが価値があると考えられているそうです。

この価値観は日本には合わないように思いますが、日本もこの価値観を真似し、1990年以降のアメリカ主導の経済のグローバル化では〝ものづくり〟より価値のあるものがあるがごとく、できるだけ体を使った労働を避け頭脳労働中心の金融、情報産業に走っていった。

結局今になっていろいろなところにほころびが見え始め、先向きの見えない方向性のない日本になってしまった。

戦後の高度経済成長を支えたのは、キリスト教文化圏とは異なる日本の風土から生まれた職人文化であり、昔の大工さんをはじめとする多くの職人さんは周囲から尊敬され、それに応えようと技を磨き、そのいい循環が“匠”“職人技”を生んできたことが土台となっいる。

セルフビルドしていて思いますが、大工仕事は単純作業に肉体労働が多くを占めているのは事実です。しかし、頭脳労働と表現できるかどうかは別にして、作業しながら次の段取り、材料選び、加工方法、仕上がりのコストパフォーマンスなど常に考えています。また、その考えたことがどんな場所でも有効である訳もなく常に状況は変化していき思考停止では作業できません。そんな状況からは知恵が生まれ、その知恵はいろいろ応用できます。

大工仕事は、肉体労働と頭脳労働が同時進行できる人間らしい仕事の一つだと思います。

今の日本は、薄っぺらな表面的なものだけが注目され、お米や野菜を作っている人、魚を捕っている人、家を建てている人、水道・電気などのライフラインを支えている人など人々の生活を支えている本質的なものが無視されているようにしか思えません。

表面的なものに踊らされ、ほんとうの日本の強みはどこにあったのかも忘れ、これまでの日本人が築いてきたものを捨て去ろうとしている。

グローバル化という相手の都合に合わせることをいい加減にやめたらどうですか。と本当に言いたくなる。

日本の行く末は。

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機能美

先日あるテレビ番組で今話題になっている〝オスプレイ〟について

「機能美がない。どうみても危険な乗り物に見える。」

のような発言があった。

自分もあの機体を見て思っていたのですが、ヘリコプターと飛行機の機能を備え水平離着陸ができ、長い滑走路が必要ないなど大変便利に見えますが、いろんなものをとって付けたようであの不格好な機体はどうなのかと思っていました。

自分も大工仕事や木工でいろいろな工具・道具を使いますが、多機能をうたい一台で多くの加工ができるものは一見便利に見えるが色々な部品をとって付けたところがあり、壊れやすい、加工精度が劣るなどの問題があります。

それを使い込む程にやはり単一機能に特化したものには勝てないと実感します。

日頃使っているカンナやノミなど長い歴史のあるものは単純な機能しか持ちませんが、人間の知恵を組みあわせることでその機能を無限大に広げます。そして、使い込む程に傷や手垢が付き美しさが増していきます。

これこそが機能美だといつも思っています。

住宅や家具にもこの機能美が必要で外見やディテールの美しさだけではなく、使い込む程に美しくなっていくものが増えてくることを期待します。

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工房を訪れたある青年。

今日工房を30代前半のある青年が訪れました。

この青年、来月から私が親方と慕う清水棟梁が主宰する〝どっぽ村http://doppo.jpn.org/にどっぽ生として研修に参加する方です。

どっぽ村での生活の準備のため滋賀県を訪れ、東京の実家に帰る途中、垂井の工房を訪れました。

この青年は4年程前まで、アメリカの大手信託銀行に席をおき、トレーダーとして活躍し年収約8000万円を稼いでいたという経歴があります。

その青年が何を思ったか、その職を捨て、世界を放浪し、国内を転々として地に足のついた生活を求め、どっぽ村にたどりついたということだそうです。

一見、普通の青年ですが、話をすると何か違います。一言では説明できませんが、いろいろな切り口でものを見て判断でき、言葉一つ一つに何か説得力があります。

その言葉のひとつ、

「日本人は、財産をお金、または不動産などのいずれはお金に換えることのできるものだと思っている。でも、今やグローバル化した金融市場では当然個人で日本円の価値はコントロールできるわけがないし、日本国であってもコントロールは不可能。いつ日本円の価値がなくなるかわからない。

本当の財産は、これまでに身につけた知恵(知識ではなくて)や技術、健康そして人脈じゃないですか。いまは、お金で他人の知恵や技術しいては人脈までも搾取していて、あたかも自分のものになったかのような錯覚に陥っている。ある程度金融を支配できる大金持ちはいつまでもそれが可能だと思うが、中途半端な金持ちではお金の価値が低下したときには何もできなくなる。

僕は銀行勤務時代の貯蓄があるけど、その貯蓄も将来どうなるかわからない。その価値がある間に、いかにお金を使わず、自力で生きていく能力を身につけていくことが僕がどっぽ村に来た目的のひとつです。」

いやに説得力がありました。

金融の第一線に身を置き、良いところ悪いところを身をもって経験したからこそ語ることのできる内容です。

以前、人生経験の豊富なある人から次のような言葉を聞いたことがある。

「お金で手に入れたものはいつかは必ず失う。自分で手に入れたものは、形を変えることがあってもいつまでも失うことはない。」

この歳で、もうそれを悟ったのだろうか。

いずれにせよ、これからの自分の人生を考える参考になりました。

4月になってから、もっと突っ込んだ話をしたいと思います。

この4月から、どっぽ村には、早稲田大学法学部を卒業したもう一人の新どっぽ生も来ます。

カフェが完成しましたら、そんな方たちを囲んで気楽な座談会を開催したいとも考えています。

また、ご案内しますので、興味のある方は是非ご参加ください。

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今日の工房(2月26日)

今日も多くの方が工房を訪れました。

その中のお一人が、以前から製作されていた大きな器を完成させました。

厚さ6㎝×長さ30㎝×幅20㎝の木の塊から削りだした大作です。材はブラックウォールナットです。

Sara

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最近思うこと。

先日、将来の日本の人口推計が発表されました。

今後も当然少子高齢化が進み、いずれは人口は一億人を割り込む予想がされています。

いろいろ理由があるとは思いますが、900兆円の借金のある国の国債が買われていること自体おかしいと思います。暴落は突然おこるのでは。

このような環境で、今の社会保障制度は当然維持できるわけがありません。これからは年金などあてにできませんし、現在支給されている人も日本がギリシャのようになったらどうなるか危ないものです。

物質的に豊かになればなるほど、絆、コミュニティーはどんどん不要になっていき、お金さえあればどんな商品でもサービスでも何でも手に入るようになり、結果的に絆、コミュニティーは不要になり個人主義が世の中をしめるようになる。

これまでの日本はそれが続いてきた。

個人主義の世の中では、お金がなくては生きられません。

だから、企業などの組織に属して、職場以外での絆、コミュニティーに無関心であった人はいざその組織から離れてみると孤独になり、頼りになるのはお金。だからの年金が重要になってくる。

でも年金がどうなるかわからない時代。

企業などの組織の寿命が短くなった時代。

これからは企業などの組織にどっぷりつかるのではなく、組織に属しながらも、いつ組織から離れたとしてもいいように自立した個人で一生働く覚悟が必要では。

でも、いくらがんばっても個人は弱いものです。これまでは、その弱い部分をお金がカバーしてきました。

これからはその弱い部分をお金ではなく、本当の絆、コミュニティーがカバーしていく時代ではないかと思います。

過去にはフランス革命のように大きな時代の変革が起きたときには、流血がありました。

現代は、時代の変革は大きなインパクトのある目に見える形では起こっていません。

もうすでに、時代の変革は起こっていて、もうそのまっただ中かもしれません。

時代の流れは速いです。

今後急激にそんな時代が来るかもしれません。

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インド高校生がホームステイ その②

Img_6604ホームステイ2日目は、琵琶湖へ行きました。

南浜という浜辺を散策しました。特に美しい浜辺ではありませんが、「ビューティフル」と喜

んでいました。また、琵琶湖までの何気ない日本の普通の風景をカメラにおさめ、美しい

と言っていました。インドでも美しいところがあるそうですが、まだ舗装されていない道も多

く、町が綺麗でないと言っていました。

その後、ソーミヤが日本の自然・生物に興味を持っていることから、滋賀県湖北町にある

水鳥・湿地センターへ連れて行きました。

展示されている生き物のはく製などに大変興味を持ち、喜んでいました。

昼食は、外食になり、最初は日本らしい寿司を食べに行こうと考えていましたが、完全な

ベジタリアンであることから断念。スパゲティーなら食べられるということで、ふつうのファミ

リーレストランでの昼食となっていまいました。

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Img_6679_2    ホームステイ最終日は、某ホテルにインド高校生18名とそのホストファミリー、そして、

この事業のコーディネーターが集い、パーティーがありました。

高校生による写真のようなインドの文化・自然などについてプレゼンテーションがあり、そ

の後、インドのダンス、歌の紹介がありました。

Img_6690_3最後に、18名全員によるインド国歌の披露があり、この会が閉じられました。

これで、ソーミヤとの別れになるわけですが、娘たちは最後泣きながら抱き合い別れをお

しいでいました。どの高校生もホストファミリーとの別れが辛く、同じような光景がありまし

た。

3日間の短い時間でしたが、多くのことを学びました。インド人の価値観、その中から見え

てくる日本人のあり方など。

今回来日した高校生は、エリートだとは思いますが、何かものすごいエネルギーを感じま

した。これからのインドはどういう国になっていくのだろう。すごく楽しみです。

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インド高校生がホームステイ  その①

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インドの高校生がホームステイにきました。名前は、ソーミヤ。年齢は15才。インドも広く、

ニューデリーから北西に約60キロのロータクという町から来ました。出発したときは最高

気温45度最低30度だったそうで、このあたりでは体験できない気温です。世界は広い。父

親は医者、母親は大学教授という階級があるインドではおそらく上流階級の家庭の子ど

もだと思います。

外務省の「21世紀東アジア青少年大交流計画」という事業のプログラムの1つで、娘が通

っている高校に18名のインドの高校生が訪問し授業や部活動を体験し、その後、ホーム

ステイをして日本の生活を体験するということで、我が家にホーステイをすることになり

ました。

 外国人が自宅に来ることは初めてで、戸惑いと期待がありました。どちらかというと戸惑

いが大きかったです。

 しかし、娘は同世代ということもあり、すぐにうち解け片言の英語で友達のような雰囲気

になっていました。中年の私は、中々入り込めません。これから世界の民族が共生し、世

界の平和を維持していくには、青少年の交流は大変重要だいとうことを痛感しました。

Img_6633宗教上の理由で、完全なベジタリアンでした。

そんなことで食事には大変気をつかいました。その中で、意外にも味噌汁は「デリシャス」

といって飲んでくれました。また、間食に抹茶と和菓子を出したら、これも意外に受けてい

ました。

食事の時は、これも宗教上のことから左手はまったく使いませんでした。なので味噌汁な

どの汁ものを入れた底の深い器は大変使い難そうでした。

日本人は、「わかった」という意思表示の動作として、首を縦に振りますが、インド人は

「OK」といって横に振りました。なんがか否定されているようですごい違和感を感じまし

た。でも、段々なれていきましたが。

母国では、毎日午後8時に就寝し午前5時には起きるそうで、毎日遅くとも8時30分には

寝ました。日本の青少年も見習うべきでは。これは想像ですが、日中は暑いので、できる

だけ涼しい時間に勉強や仕事をするためではないかと思います。学校は、午前6時30分

に始まり午前中で終わるそうで、短期集中です。

娘が、高校2年で使用している日本の化学の教科書を見せていたら、この内容はもう理解

しているというような感じだったので驚きました。15才はまだ高校1年では。

将来のことを聞いたら、「医者になりたい」ではなく「医者になる」といっていました。日本の

高校生でそこまで明確な目標をもっている生徒はいるのかな。

インドの近年の目覚しい経済発展の理由の一部が垣間見えてきました。

 2日目以降については、後日書き足します。すみません。

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